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罠の見回りは、やっぱり毎日いくべきか?

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罠の見回りは、やっぱり毎日いくべきか?

こんばんは。

自給自足シンガーソングライターの小濱達郎です。

今朝は、霜が降りていました。

霜がおりた畑

12月1日の今日は、
裏の神社の月初めのお祭り。

万物へ感謝です。

さて、実は今日、

罠の見回りにいきませんでした。

前回の記事では、なるべく毎日見回りにいくべきだと
書きました。

わな猟は、見回りが大変っていうけど、実際どうなの?

わな猟が開始して、一週間が経ちました。
今朝の罠の見回りでは、小動物が罠にかかっていました。
罠の見回りは、どのくらいの頻度で行うべきなのでしょうか?

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少し、考えを変えてみようと思います。

というのも、

僕にとっては、毎日の見回りは、時間も費やすだけでなく、
もし掛かっていたら、その後の予定も変わってしまうし、
精神的にも負担になっていました。

本来、
罠の見回りはワクワクする楽しみでも
あるはずなのです。

それを、負担に感じてしまうのは、
よくない兆候かなとも思います。

自分がやってみたくて始めたことなのに、
いつの間にか、義務に感じてしまっていた。

今日、見回りを休んでみて・・・

平穏な一日を過ごすことができ、
音楽にも集中できました。

そして、
明日の朝の見回りが少し楽しみ
なってきました。

罠にかかる動物のことを考えると、
毎日見回りにいくべきなのは確かなのです。

ですが、
僕自身の氣持ちを優先しました。

しばらくは、2日に1回、見回りをすることにしてみます。

はい。

僕は身勝手な人間です

そもそも、罠を仕掛けて
野に生きる動物の命を奪い、
食べるという行為そのものが
人間の身勝手なのか?

家畜なんて、人間の身勝手の
極まるところだろう。

家畜のことを想像すると、
野生動物の命をいただく方が、
いくらか自分の中のうしろめたさが
ましになるくらいなのもので、

結局、動物を殺していることには変わりはない。

生きるということは、何かしらのものを食べるわけで、

それが動物か植物か、魚か、虫か、
いずれにせよ、自分以外の他の命をいただいていることに
他ならない

そうやって、
理屈でもって自分の罪深さを
和らげようとしているのかもしれない。

でも、
生きるということは、
ある意味、罪深いことなのかもしれない。

 

鹿骨ガラとスープ

 

このスープで作ったカレーは美味しかった!

そして、鹿の心臓と舌を焼いて食べた。

 

牛タンを食べることに抵抗がある人は少ないだろうけど、
自分でさばいたタン(舌)を食べたことがある人も少ないだろうな。

今日の結論

毎日の見回りが全然苦にならない場合は、
毎日見回りしましょう。

罠を仕掛けてほったらかしはいけません。

 

以上、

罠の見回りは、やっぱり毎日いくべきか?

でした。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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